スピリチュアルな精神を持って生きていく

改めてスピリチュアルについて考えてみたとき、無意識的に習慣としてスピリチュアルな精神が私に根付いているとよく感じます。三が日の初詣、気付いたら仏壇に手を合わせる、お守りを持つなどは、スピリチュアルの精神が根底にあるがゆえにやることです。これらの行動は日本人なら誰でもやって当然だと思いがちですが、現実ではまったくそれをしない人もいるはずです。私がそれらの行動をするのは両親に倣ったからに他なりませんが、そんな家族の行動からスピリチュアルの精神を脈々と受け継いでいるということを思わずにはいられらません。そして、ここ最近はそんなスピリチュアル精神がさらに強まってきています。

人との出会いを大事にして見えない縁を感じ取るようにしたり、動物を愛おしいと思ったり、事あるごとに神様に感謝したりなどは、すべて可視化はされていないスピリチュアルな精神に基づく考え方だと思います。生きているとこれらの重要性に気付く機会が多々ありますが、無鉄砲で能天気に生きていた若いころにはなかった精神です。大人になって精神的に成長してくると次第にこれらのスピリチュアルな精神は、誰でも関係なく自然と育ってくるのかもしれません。そして、これらのことを日々心掛けながら生きることが大事なのだと、いつの間にか思うようになっています。

スピリチュアルな精神は曖昧で不確かなだけに信じるか信じないかは人によって異なりますが、私は信じているほうだと実感しています。